したコメ人 - 第1回したまちコメディ映画祭in台東

したコメ人

総合プロデューサー

いとうせいこう

いとうせいこう

profile

1961年3月19日生まれ。東京都出身。1988年に小説『ノーライフ・キング』でデビュー。真新しいテーマ と独特の文体で注目され、その後も小説、ルポルタージュ、エッセイな ど、数多くの著書を発表する。1999年、『ボタニカル・ライフ』で第15回講談社エッセイ賞受賞。執筆活動を続ける一方で、宮沢章夫、竹中直人、シティーボーイズらと数多くの舞台・ライブをこなす。盟友・みうらじゅん氏とは共作『見仏記』で新たな仏像の鑑賞を発信し、武道館を超満員にするほどの大人気イベント『スライドショー』をプロデュースするなど、常に先の感覚を走り創作し続けるクリエーター。また音楽家としてもジャパニーズヒップホップの先駆者として活躍するなど、カルチャーシーン全般に影響を与えた。昨年より音楽活動も徐々に再開し、「DJ BAKU」「レキシ」や「口ロロ」「ポメラニアンズ」などのレコーディングに参加している。

OFFICIAL HOME PAGE 『WATCH SEIKO』 http://www.cubeinc.co.jp/ito

したコメ メインビジュアル担当

しりあがり寿

しりあがり寿

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1958年静岡市生まれ。1981年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後キリンビール株式会社に入社し、パッケージデザイン、広告宣伝等を担当。1985年単行本『エレキな春』で漫画家としてデビュー。パロディーを中心にした新しいタイプのギャグマンガ家として注目を浴びる。1994年独立後は、幻想的あるいは文学的な作品など次々に発表、マンガ家として独自な活動を続ける一方、近年ではエッセイ、映像、ゲーム、アートなど多方面に創作の幅を広げている。 2000年『時事おやじ2000』(アスペクト)、『ゆるゆるオヤジ』(文藝春秋)にて第46回文藝春秋漫画賞を受賞。2001年『弥次喜多 in DEEP』(エンターブレイン)にて第5回手塚治虫文化賞 「マンガ優秀賞」を受賞。

したコメ サポーターソング担当

浅草ジンタ

浅草ジンタ

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2004年に三遊亭小遊三師匠よりバンド名を襲名。現在、世界を舞台に活動中のロック・バンドで、つくばエクスプレス開通記念ソング「浅草音頭」や映画『猫目小僧』主題歌なども担当。

http://www.asakusajinta.com
関連プログラム :  ゆめまち観音

本祭

上映作品 特別招待作品部門

ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー兄弟

ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー兄弟

profile

アメリカ・ペンシルヴァニア州出身の実の兄弟、映画監督(兄ピーター:1956年12月17日生まれ、弟ボビー:1958年6月17日生まれ)。「ジム・キャリーはMr.ダマー(1994年公開)」でメジャーキャリアをスタート。キャメロン・ディアス、ベン・スティーラー主演で話題を呼んだ「メリーに首ったけ(1998年公開)」などヒット作多数。一貫して馬鹿馬鹿しくてくだらないギャグをふんだんに盛り込みながら、ふとした感動を呼び起こすようなロマンチック・コメディを得意とする。
関連プログラム :  ライラにお手あげ / ファレリー兄弟来日企画 ファレリー兄弟に首ったけ!

マイク・マイヤーズ
©2008 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

マイク・マイヤーズ

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1963年5月25日生、カナダ・オンタリオ州出身(両親は英国出身)。
8歳からテレビCMに出演し、共演者に触発されコメディアンの道を志す。
高校卒業後、地元トロントと米シカゴの劇団で芸を磨き、人気テレビ番組
「サタデー・ナイト・ライブ(SNL)」のプロデューサーに発掘され、
1989年、同番組の出演者兼作家としてデビュー。
レギュラーとして人気を博した上、エミー賞コメディ番組部門脚本賞を受賞。
1992年に「SNL」の人気コーナー「ウェインズ・ワールド」が映画化(主演・脚本)
され、映画界への進出も果たす。一時期、公の場に姿を現さなかったが、
製作・脚本も務めた1997年「オースティン・パワーズ」の主役で復帰、大ヒットとなり
以降の「オースティン・パワーズ:デラックス」('99年)、
「オースティン・パワーズ ゴールドメンバー」('02年)でその人気・地位を不動のものとした。
「シュレック」(2001年)では声優にも初挑戦し、その後のシリーズ続編でも主役の声を務めている。
声優以外では第16回「MTVムービー・アワード」名誉賞('07)の受賞や翌年の司会ホスト役と
近年スクリーン以外での露出が多かった彼だが「ハットとしてキャット」
('03年、日本ではDVDのみ)以来「ラブ・グル」は5年ぶりの実写主演となる。
関連プログラム :  ♂♀愛の伝道師ラブ♥グル

マルコ・シュネイベル

マルコ・シュネイベル

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本作で監督デビューを果たした期待の新鋭。『オースティン・パワーズ』シリーズに製作・助監督などのスタッフとして参加し、マイク・マイヤーズにその才能を認められる。大ヒット・コメディ『ミート・ザ・ペアレンツ』シリーズの助監督を務めたほか、06年のTVムービー『ライブラリアン キング・ソロモンの呪文』では脚本家デビューも飾っている。
関連プログラム :  ♂♀愛の伝道師ラブ♥グル

アダム・サンドラー
©2008 Columbia Pictures Industries, Inc. and Beverly Blvd LLC. All Rights Reserved.

アダム・サンドラー

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ニューヨーク・ブルックリン生まれ。17歳でコメディアンとしてデビュー。人気TV番組「サタデー・ナイト・ライブ」のレギュラーとして全米で不動の人気を獲得し、映画では『ハードロック・ハイジャック』で個性的なキャラクターを演じてハリウッドでも注目の存在となる。また脚本やプロデューサー業も手がけるなどマルチな才能を発揮。『ウェディング・シンガー』など主演作がコンスタントにヒットし、特に『ウォーターボーイ』『ビッグ・ダディ』『Mr.ディーズ』は全米で1億ドルを超えるスーパーヒットとなるなどいまやハリウッドを代表するヒットメーカーの一人。
関連プログラム :  エージェント・ゾーハン

デニス・デューガン

デニス・デューガン

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アメリカを代表するコメディ監督。アダム・サンドラーとタッグを組むことが多く、全米大ヒット作品を多く手がけている。代表作品は『ビッグ・ダディ』、『チャックとラリー おかしな偽装結婚!?』など。コメディ以外にも『新・刑事コロンボ/4時02分の銃声』などシリアスな作品も手がけている。また俳優として『バックマン家の人々』などに出演している。
関連プログラム :  エージェント・ゾーハン

セス・ローゲン
©2007 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

セス・ローゲン

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カナダ出身のコメディ俳優/脚本家。13歳のときにカナダのテレビCMでデビュー、地元のコメディクラブの舞台で活躍していたところをジャド・アバトーに見出され、TVシリーズ「フリークス学園」でハリウッド進出を果たした。映画デビューは『40歳の童貞男』(06)。また脚本家としてはエヴァン・ゴールドバーグと共同執筆した『スーパーバッド童貞ウォーズ』(07)が全米でヒットした。
関連プログラム :  無ケーカクの命中男/ノックトアップ

ジャド・アパトウ

ジャド・アパトウ

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テレビ界での活躍で注目を集め、映画デビュー作である『40歳の童貞男』は全世界14カ国でオープニング第1位を記録し、驚異の1億ドル突破の大ヒットを記録した。主な作品に『スーパーパッド 童貞ウォーズ』、『寝取られ 男のラブ♂バカンス』(製作)、オーウェン・ウィルソン主演の『Drillbit Taylor』(製作)などがある。
関連プログラム :  無ケーカクの命中男/ノックトアップ

ジェイソン・フリードバーグ、アーロン・セルツァー

ジェイソン・フリードバーグ、アーロン・セルツァー

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共に南カリフォルニア出身で20年来のパートナー。カリフォルニア大学サンタバーバラ校を卒業後、初めて執筆した脚本「スパイ・ハード」をヒットさせ、続いて『最終絶叫計画』を発表。その後も『最'新'絶叫計画』『最'狂'絶叫計画』『最終絶叫計画4』を製作し、成功への道を開拓した。その他にも共同で『最'愛'絶叫計画」の脚本/監督を、"Meeting the Spartans"、『鉄板英雄伝説』で脚本/監督/プロデュースを担当した。
関連プログラム :  ディザスター・ムービー! おバカは地球を救う

井上晃一

井上晃一

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京都府出身。数多くのテレビ番組やCM、ミュージックビデオなどの企画・構成・演出を手掛ける映像クリエイター。テレビ番組制作会社を経て、2005年に自らの事務所「動物保護区」を設立、同時に映像制作会社「(株)c-block」を設立する。テレビ界では異端なスタイリッシュな映像を駆使しながらも、ゴールデンから深夜まで幅広い時間帯でヒットを飛ばす。ここ数年の総合演出作品は「ザ・ベストハウス123」「ほんとにあった怖い話」「無意味良品」「タナゴコロッジ」など。
関連プログラム :  劇場版 カンナさん大成功です!

みうらじゅんといとうせいこうのバカ映画に愛を込めて

みうらじゅん
撮影 常盤響

みうらじゅん

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1958年京都市出身。武蔵野美術大学在学中に漫画家デビュー。以来、イラストレーター、作家、ミュージシャン、ラジオパーソナリティーなど幅広い分野で活動。1997年造語「マイブーム」が流行語大賞受賞語になる(ほかに「ゆるキャラ」「とんまつり」「いやげもの」などもみうらの造語)。2004年日本映画批評家大賞功労賞受賞。著書に『アイデン&ティティ』(03年映画化)、『色即ぜねれいしょん』(映画化、来年公開予定)、『ゆるキャラ大図鑑』、『アウトドア般若心経』など。CD「勝手に御当地ソング47+1 日本全国旅館録音(2枚組)」、DVD-BOX「ザ・スライドショー 10 Rock'n Roll Sliders JAPAN TOUR 2007 みうらさん、やりすぎだよ!」、DVD-BOX「シンボルず」ほか音楽、映像作品も多数ある。
関連プログラム :  みうらじゅんといとうせいこうのバカ映画に愛を込めて

高田文夫コメディ映画講義 三木のり平特集

三木のり平

三木のり平

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1924年東京生まれ。本名・田沼則子。
日本大学専門部芸術学科卒。在学中から演劇活動を開始。俳優座を経て、舞台やテレビ、ラジオに喜劇役者・俳優として人気者に。流行語を生んだ『社長シリーズ』や『駅前シリーズ』などの映画で活躍、国民的人気を博す。「桃屋」のアニメーションCMは40年間放映されお茶の間に親しまれた。また演出家としても森光子主演の「放浪記」をはじめ数々の舞台演出を手がけ、菊田一夫演劇大賞、読売演劇大賞最優秀演出賞などを受賞している。99年没。享年74歳。
関連プログラム :  高田文夫コメディ映画講義 三木のり平特集

高田文夫

高田文夫

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1948年東京都渋谷区生まれの世田谷区育ち。日本大学芸術学部放送学科卒。卒業と同時に放送作家の道へ。数多くのヒット番組を手掛けながら、83年、立川談志家元の落語立川流入門。立川藤志楼(たてかわとうしろう)として、88年、真打ちに昇進。2008年現在、19年続く長寿番組「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」(ニッポン放送)パーソナリティ、『笑芸人』(白夜書房)編集長、ライブ「我らの高田笑学校」プロデューサーなど、毎日が大衆芸能な仕事ぶり。
関連プログラム :  高田文夫コメディ映画講義 三木のり平特集

小林のり一 title=

小林のり一

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1951年生。俳優。三木のり平の長男として生まれ、のり平が出演している劇場を託児所がわりに、落語、芝居を母乳のようにして育つ。俳優のほかに、漫画家、コメディアン、落語家、ジャズミュージシャンなどとしての活動も行う。三木のり平没後1999年以降は、桃屋の「のり平アニメCM」ののり平の声を担当する。
関連プログラム :  高田文夫コメディ映画講義 三木のり平特集

いとうせいこうコメディ映画講義 マルクス・ブラザーズ特集

ケラリーノ・サンドロヴィッチ

ケラリーノ・サンドロヴィッチ

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1963年生。1982年、ニューウェーブバンド・有頂天を結成。並行して85年に犬山イヌコ(当時は犬山犬子)、みのすけらと劇団健康を旗揚げ、演劇活動を開 始する。92年の解散後、翌93年にナイロン100℃を始動。99年に は「フローズン・ビーチ」で第43回岸田國士戯曲賞を受賞。以降、数々の演劇賞を受賞。近年、舞台活動では劇団公演に加え、KERA・MAP、オリガト・プラスティコ、空飛ぶ雲の上団五郎一座などのユニットにも主宰、参加するほか、外部プロデュース公演への参加も多数。近年の映像活動として、初監督映画『1980』(03)、『おいしい殺し方』(06)、大槻ケンヂ原作『グミ・チョコレート・パイ ン』(07)の脚本・監督をつとめている。また、新作映画『罪とか罰とか』が09年春に 公開待機中。テレビドラマでは「時効警察」(テレビ朝日/第8話)「帰ってきた時効警察」(第4話)などがある。
関連プログラム :  いとうせいこうコメディ映画講義 マルクス・ブラザーズ特集

マルクス・ブラザーズ
C)1963 Paramount Productions, Inc. Renewed 1960 by EMKA Ltd. All Rights Reserved.

マルクス・ブラザーズ

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アメリカ、ニューヨーク出身のコメディ俳優 。5人兄弟のうち、一般にはチコ(本名レナード、1887年生、1961年没、享年74歳)、グルーチョ(本名アドルフ、1888年生、1977年没、享年88歳)、ハーポ(本名ジュリアス、1891年生、1964年没、享年72歳)、ゼッポ(本名ハーバート、1901年生、1979年没。享年76歳)の4人を指す。ユダヤ系ドイツ移民を父に持ち、貧しさから学校を中退し舞台に立つようになる。長い下積み生活の後、1924年の舞台喜劇『I'll Say She Is』が絶賛を浴び、『ココナッツ』(25)、『けだもの組合』(28)も成功を収めたことから、パラマウント社と映画製作の契約を交わす。映画『ココナッツ』(29)、『けだもの組合』(30)、『いんちき商売』(31)、『ご冗談でショ』(32)でスターダムにのし上がるが、『吾輩はカモである』(33)の戦争を皮肉った内容が時代を先取りし過ぎていたため平凡な興行成績に終わり、パラマウントは契約を更新せず、ゼッポはチームを脱退。その後MGMに招かれ、『オペラは踊る』(35)、『マルクス一番乗り』(37)で大ヒットを記録して、再びスターの座に返り咲くが、『ルーム・サービス』(38)以降人気は衰退し、『マルクス兄弟 デパート騒動』(41)を最後に引退を表明した。
関連プログラム :  いとうせいこうコメディ映画講義 マルクス・ブラザーズ特集

レオ・マッケリー

レオ・マッケリー

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マルクス・ブラザースやハロルド・ロイドなどのコメディ作品以外にも「めぐり逢い」「新婚道中記」などのロマンティック作も手掛ける。中でも「我が道を往く」では、1944年アカデミー賞、作品賞、監督賞など7部門受賞。
関連プログラム :  いとうせいこうコメディ映画講義 マルクス・ブラザーズ特集

ウィリアム・A・サイター

ウィリアム・A・サイターー

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1892年、ニューヨーク生まれ。サイレント映画の俳優として出発し、短編映画の監督を経て、1920年に「ケンタッキーの老将」で長編映画にデヴュー。54年に引退するまでに120本に及ぶ作品を遺した。あらゆるジャンルの作品をこなしたが、とくにコメディを得意とした。64年に心臓麻痺で亡くなる。
関連プログラム :  いとうせいこうコメディ映画講義 マルクス・ブラザーズ特集

コメディ栄誉賞 小沢昭一特集

小沢昭一

小沢昭一

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東京市下谷根岸(現在の台東区根岸)生まれ。早稲田大学卒業後、俳優座養成所を経て、俳優座公演で初舞台。以後、新劇、映画、テレビ、ラジオと幅広く活躍し、それぞれの分野で数々の演技賞を受賞。一方、民衆芸能の研究にも力を注ぎ、レコード「日本の放浪芸」シリーズの製作により芸術選奨ほかを受賞。著作活動も活発で、『ものがたり・芸能と社会』(新潮学芸賞)、『放浪芸雑録』、『小沢昭一 百景』(全6巻)、『新宿末廣亭十夜』、『老いらくの花』、『小沢昭一座談』(全5巻)など60数冊ある。ラジオの『小沢昭一の小沢昭一的こころ』は、1973年に放送開始以降現在も幅広い世代から人気を得る長寿番組。舞台は「しゃぼん玉座」を主宰。「僕のハーモニカ昭和史」で全国的に長期公演を続けた。1994年度 春の褒章で紫綬褒章受章、2000年「紀伊國屋演劇賞個人賞」、「読売演劇大賞優秀男優賞」、2001年度 春の叙勲で勲四等旭日小綬章受章、2005年度「朝日賞」、2007年「第55回菊池寛賞」等を受賞。現在、日本新劇俳優協会会長、明治村村長。
関連プログラム :  コメディ栄誉賞 小沢昭一特集

もうひとりの「渥美清」 渥美清特集

渥美清
©東映

渥美清

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本名・田所康雄。昭和3年3月10日、東京都下谷区車坂町(現・上野7丁目)生まれ。昭和21年『阿部定一代記』で初舞台後、昭和26年浅草六区の百万ドル劇場の専属コメディアンになる。翌27年、倒産により川崎セントラルへ移るが、28年再び浅草へ戻り、フランス座に入る。戦後浅草軽演劇の黄金時代にそこでアドリブの才を磨いたが、肺結核に倒れ療養生活を送る。31年にフランス座復帰後、コメディアンとして人気が高まり、テレビに34年『すいれん夫人とバラ娘』の三枚目役でデビュー。青春コメディ番組『若い季節』、バラエティショー『夢であいましょう』(共に36年)のレギュラーとなり人気を博し、37年『大番』の主役で一躍スターダムに入る。また38年『拝啓天皇陛下様』の主演により映画主演俳優としての地位も確立した。そして昭和43年、連続テレビドラマ『男はつらいよ』に主演し高視聴率獲得後、翌44年山田洋次監督で映画化、平成8年『男はつらいよ・寅次郎紅の花』まで26年間、48本が作り続けられる人気長寿映画シリーズのすべてに主演をつとめた。渥美清=「フーテンの寅次郎」として日本中に浸透、愛称”寅さん”のキャラクターで世代を問わず多くのファンに愛された。平成8年(1996年)8月4日、68歳で逝去。没後、同年に国民栄誉賞受賞。
関連プログラム :  もうひとりの「渥美清」 渥美清特集

早坂暁

早坂暁

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1929年 愛媛出身。 日本大学芸術学部演劇科卒業後、出版事業に従事しながら、テレビシナリオを書き始める。以後、小説、映画シナリオ、戯曲、舞台演出、ドキュメンタリー製作を手がけている。代表作にテレビは「夢千代日記」「花へんろ」。 映画では84年『天国の駅』84年『空海』96年『きけ、わだつみの声』98年『北京原人』。著書には、『ダウンタウンヒーローズ』等。芸術選奨文部大臣賞他多数数々の受賞歴があり、94年には紫綬褒賞を受賞。20代のころに渥美清と知り合い何度もプライベート旅行に行くなど親友であった。渥美清には、初期のテレビドラマ「泣いてたまるか」や、土曜ワイド劇場の第1回作品の「田舎刑事」シリーズなどの脚本を書いている。
関連プログラム :  もうひとりの「渥美清」 渥美清特集

「歌唱・弁士デーモン小暮閣下」×「琵琶奏者友吉鶴心」

デーモン小暮閣下

デーモン小暮閣下

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悪魔。アーティスト。B.D.14('85)年聖飢魔IIの主宰、ボーカリストとして地球デビュー。CM出演でも話題を集め、富士写真フィルム「写ルンです」CMでは大賞やタレント賞を受賞。魔暦元('99)年予定通り地球征服を完了、聖飢魔II解散。以降も「表現者」「作詞・作曲」「演出家」「文筆業」「相撲評論」「映画監督」など幅広く活躍。邦楽器や日本の伝統芸能とコラボレートするイベントを、聖飢魔II時代から20年、約100回以上展開。この容姿で武道館、国技館、歌舞伎座、国立能楽堂にも降臨。本年通算32タイトル目の最新アルバム「GIRLS' ROCK√Hakurai」を発表。そして初監督・脚本を務める映画『コナ・ニシテ・フウ』公開。9月には3年ぶりのミュージカル「ココロノカケラ」に出演、そして初夏のソロライブ行脚を収録した「√Hakurai-CULTURE ROCK SHOW!-」を発表。浅草公会堂には友吉鶴心氏と"恐宴"したD.C.6('04)年「上野浅草にほんの音/琵琶絵巻」以来4年ぶりに御降臨。
関連プログラム :  「歌唱・弁士デーモン小暮閣下」×「琵琶奏者友吉鶴心」

友吉鶴心
©新潮社

友吉鶴心

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1965年浅草生れ。幼い頃より様々な伝統芸能を学び、両祖父の偉業である薩摩琵琶の継承・発展を志し鶴田錦史に師事、祖父の名跡を世襲。96年文部大臣奨励賞・NHK会長賞等受賞。歌唱法と吟詠を坪田起未子に師事。宮家御前演奏、国立劇場主催公演、台東区芸術文化財団主催公演、NHK大河ドラマ琵琶指導・出演、国際交流外公演、等多彩に活躍。台東区より〈たいとう観光大使〉拝命。日本大学芸術学部音楽科非常勤講師。
関連プログラム :  「歌唱・弁士デーモン小暮閣下」×「琵琶奏者友吉鶴心」

上映作品 地元応援作品部門

三遊亭 あほまろ

三遊亭 あほまろ

profile

株式会社江戸ネット・代表取締役。1947年北海道生まれ。落語家の弟子ではあるが落語家では無い。浅草に住み庶民文化研究家として近世の庶民文化研究をする傍ら、若いクリエーターたちと新しい映像とメディアのありかたを検証し、芸術表現と科学技術の融合を目指している。今回の映画「ゆめまち観音」が、その第一弾となる。
関連プログラム :  ゆめまち観音

なぎら健壱

なぎら健壱

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シンガーソングライター。昭和27年東京銀座生まれ。昭和45年中津川の全日本フォークジャンボリーに飛び入り出演したことがきっかけで、昭和47年アルバム「万年床」でレコードデビュー。下町をこよなく愛すキャラクターで知られ、下町の紹介番組にも多く出演する。また、温かい目で下町を見つめた写真集を発表するなど、執筆活動のほか、独特のキャラクターでテレビ・ラジオ等で活躍する。
関連プログラム :  ゆめまち観音

哀川翔
©2003 清水 充 オフィスサンヨー

哀川翔

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1961年徳島県生まれ、鹿児島県出身。一世風靡セピアの一員として「前略、道の上より」でレコードデビュー。映画デビューは、和泉聖治監督の『この胸のときめきを』(1988)で、その後TVドラマ「とんぼ・連続ドラマ」(TBS)、映画『オルゴール』での新人らしからぬ存在感が認められ、一躍脚光を浴びる。90年、東映Vシネマ『ネオチンピラ・鉄砲玉ぴゅ~/高橋伴明監督作品』が大ヒット、 以後、哀川ブラ ンドにはずれなしと、『とられてたまるか』『ろくでなし』『極楽とんぼ』『組織暴力』『三匹の竜』『ながれもの』と、ヒットシリーズを生む。 91年『獅子王たちの夏』で破滅的なアウトローを 力演しヒット、『勝手にしやがれ!!』『復習』『修羅がゆく』『借王<シャッキング>』『修羅の道』がシリーズ化される。 95年に『BAD GUY BEACH』で<あいかわ翔>に改名して監督デビュー。04年初舞台『アボルダージュKANSAI SUPER SHOW』で土方歳道を演じる。 尚、99年に「第8回日本映画プロフェッショナル大賞」、02年に「第1回 DVシネマ大賞」でそれぞれ最優秀主演男優賞を、又04年には「第13回日本映画批評家大賞」でベストパーソナリティー賞を05年には『ゼブラーマン』で「日本アカデミー賞優秀主演男優賞」を受賞。 又、演技以外でも「第 17回日本メガネドレッサー賞」('04年サングラス部門)、「ベストファーザー賞2004」(94年ベストファーザー賞)など受賞。近年は強面のキャラクターだけでなく、雑誌やテレビで頼りになる芸能人像や、よき上司、父親像の視聴者(読者)投票ランキング上位に 登場するなど幅広く活躍中。
関連プログラム :  デコトラの鷲/祭りばやし

たいとう観光大使

浅香光代

浅香光代

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女優。昭和6年東京都千代田区出身。現在は台東区在住。9歳の時に浅香新八郎、森静子に弟子入り。5年後に浅香光代一座を組む。昭和30年代には、女剣劇の全盛時代をもたらす。その後一流劇場にも進出、アメリカ公演も行う。昭和54年「演劇舞踊・浅香流」を興し、家元となり多数の門弟の指導にあたっている。毎年正月「浅草・雷5656会館」にて新春特別公演を行っている。昭和56年度「スターの広場」手形顕彰。昭和61年度「浅草芸能大賞」大賞受賞。
関連プログラム :  雷門 - 仲見世通り - 浅草寺 レッドカーペット

浦井正明

浦井正明

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東叡山寛永寺執事長・現龍院住職。昭和12年東京都出身。元台東区教育委員会委員長。現台東区文化財保護審議会委員、台東区アートアドバイザー顧問を務め、台東区の教育及び文化振興に尽力。また、寛永寺での執務の傍ら、上野地域や徳川家などの歴史に関する著書を数多く執筆している
関連プログラム :  雷門 - 仲見世通り - 浅草寺 レッドカーペット

櫻川梅后

櫻川梅后

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舞踊家。昭和7年東京都台東区出身。現在も台東区在住。昭和40年、初代櫻川びん助(豊年斎梅若)師匠が開いた「かっぽれ道場」に入門。昭和59年梅后流「江戸芸かっぽれ」を創流。外務省の依頼により数多くの海外公演、パレードなどで活躍。現在は1都2府15県に合計193の教室および師範道場を持ち「江戸芸かっぽれ」の伝承普及活動を行っている。平成9年度「スターの広場」手形顕彰。平成10年「文部大臣賞」受賞。平成11年「東京都文化功労賞」受賞。
関連プログラム :  雷門 - 仲見世通り - 浅草寺 レッドカーペット

宮田亮平

宮田亮平

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鍛金作家。昭和20年新潟県佐渡市出身。 現東京藝術大学大学長として、芸術を志す若手を育成している。また、台東区文化施策懇談会委員や、上野の山文化ゾーン連絡協議会委員を務め、台東区の文化振興の推進に協力している。鍛金作家としてイルカをモチーフとした「シュプリンゲン」シリーズなどの作品で数々の賞を受賞している。
関連プログラム :  雷門 - 仲見世通り - 浅草寺 レッドカーペット

台東区民代表

内海桂子

内海桂子

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大正12年(1923) 東京都台東区出身。
昭和13年(1938) 漫才初出演(浅草 芸名:雀家〆子)
昭和25年(1950) 内海桂子・好江コンビ結成(以来48年継続)
昭和33年(1958) NHK漫才コンクール優勝
昭和36年(1961) 芸術祭奨励賞受賞
昭和55年(1980) 日本芸能実演家団体協議会功労者表彰受ける
昭和57年(1982) 芸術祭芸術選奨文部大臣賞受賞
昭和62年(1987) 日本放送演芸大賞功労賞受賞
平成01年(1989) 紫綬褒章受章
平成02年(1990) 浅草芸能大賞受賞
平成06年(1994) 第45回放送文化賞受賞
平成07年(1995) 勲四等宝冠章受章
平成10年(1998) 漫才協団会長就任
平成17年(2005) 同協団は社団法人漫才協会となり同会長就任
平成19年(2007) 同協会名誉会長就任
以上現在に至る。
関連プログラム :  雷門 - 仲見世通り - 浅草寺 レッドカーペット

林家いっ平

林家いっ平

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落語家。昭和45年東京都台東区出身。現在も台東区在住。タレントとしても活動。平成元年、父親の弟子である林家こん平に入門。軽妙で明るい高座が持ち味。平成14年の真打ちに昇進時には、浅草寺雷門から本堂までを練り歩く「お練り」を落語家として初めて行い話題を呼んだ。また翌年、第19回浅草演芸大賞「新人賞」を受賞。
来年3月には父親の高座名を継いで二代林家三平を襲名する。
関連プログラム :  雷門 - 仲見世通り - 浅草寺 レッドカーペット

プレイベント

声優口演 in したコメ

羽佐間道夫(はざま みちお)

羽佐間道夫(はざま みちお)

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声優界の大御所。『ロッキー』などのシルヴェスター・スタローンの吹き替えのほか、スティーヴ・マーティン、マルチェロ・マストロヤンニ、ウッディ・アレン、ロバート・デニーロ、ハリソン・フォード、『スター・ウォーズ エピソード2・3』のクリストファー・リー役の吹き替えを担当、その本数は6000本を超える。アニメでも、劇場版『河童のクウと夏休み』(民族学者役)、『超時空要塞マクロス』(ブルーノ・J・グローバル役)、『銀河英雄伝説』(ワルター・フォン・シェーンコップ役)、『MONSTER』(シューバルト役)、『ときめきメモリアルOnly Love』(爆裂山理事長)、劇場版『ヤマトよ永遠に』(ナレーション)などでお馴染み。ラジオパーソナリティ、テレビ番組プロデューサーとしても活躍している。2001年第18回全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)賞のナレーター部門で個人賞を受賞。2008年第2回声優アワード功労賞受賞。

公式HP:http://mouvement.jp/actor01_hz.html

山寺 宏一(やまでら こういち)

山寺 宏一(やまでら こういち)

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人気、実力ともにNo.1声優。代表作に『かいけつゾロリ』(ゾロリ役)、 『それいけ!アンパンマン』(チーズ役、カバオ役、釜飯どん役など)、『らんま1/2』(響良牙/ Pちゃん、呪泉郷 ガイド役)、『GHOST IN THE SHELL/ 攻殻機動隊』(トグサ役)、『新世紀エヴァンゲリオン』(加持リョウジ役)、 『ヤッターマン(リメイク版)』(ナレーション、ヤッターワン役、おだてブタ役等)などがある。ディズニー映画では ドナルドダックを始め、『美女と野獣』『アラジン』などで10役以上を担当。吹き替えも多数おこなっており、主な 担当俳優はエディ・マーフィー、ジム・キャリー、ブラッド・ピットなど。ドラマ、舞台、映画、ラジオ、 TV番組では俳優、パーソナリティとしても活躍しており、テレビ東京のバラエティー番組『おはスタ』ではメイン 司会を務める。

公式HP:http://across-ent.com/profile/yk.php

井上喜久子(いのうえ きくこ)

井上喜久子(いのうえ きくこ)

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豊富な演技の引き出しを持つ声優として知られる。アニメでは 『ああっ女神さまっ』(ベルダンディー役)、『キャプテン翼』(大空翼(少年時代)役)、『おねがい☆ティーチャ-』 (風見みずほ役)などの主役をはじめ、『らんま1/2』(天道かすみ役)、『機動戦士ガンダム第08MS小隊』(アイナ・サハリン役)、『ふしぎの海のナディア』(エレクトラ役)などの人気キャラクターを多数演じる。洋画吹替では 『マスク』『普通じゃない』『エニイ・ギブン・サンデー』のキャメロン・ディアスのほか、デミ・ムーア、ジェ二ファー・ コネリーからシンディ・クロフォードまで多彩に演じている。

公式HP:http://manbow.ponycanyon.co.jp/

チャールズ・チャップリン(Charles Chaplin)

チャールズ・チャップリン(Charles Chaplin)

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1889年イギリス、ロンドン生まれ。1977年没。享年88歳。本名チャールズ・スペンサー・チャップリン・ジュニア。ミュージックホールの芸人だった両親(1歳で離婚)のもとに生まれ、5歳で初舞台を踏むが、貧困、母親の発狂により孤児院に預けられるなど苦難の幼年時代を過ごす。1908年にイギリスのフレッド・カルノー劇団に入団し看板俳優となり、10年に一座と共に渡米する。ニューヨークで喜劇監督のマックス・セネットに見出され、14年の『成功争ひ』で映画デビューを飾る。その後生涯に渡り、コメディ俳優、監督、脚本家として、『犬の生活』(18)、『担え銃』(18)、『キッド』(21)、『巴里の女性』(23)、『黄金狂時代』(25)、『サーカス』(28)、『街の灯』(31)、『モダン・タイムズ』(36)、『チャップリンの独裁者』(40)、『チャップリンの殺人狂時代』(47)、『ライムライト』(52)、『ニューヨークの王様』(57)など、数々の傑作を生み出す。初期~中期の、「リトル・トランプ(小さな浮浪者)」と親しまれた、ちょび髭、山高帽、だぶだぶズボン、ステッキの浮浪者姿はあまりに有名。成功してからも一貫して困窮した市井の人々の視点を忘れず、人間の心の温かみの大切さをコメディを通じて表現し続けたその作風は、現在も世界中で愛され続けている。

バスター・キートン(Buster Keaton)

バスター・キートン(Buster Keaton)

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1895年アメリカ、カンザス州生まれ。1966年没。享年70歳。本名ジョセフ・フランク・キートン。チャールズ・チャップリンやハロルド・ロイドと並び「世界の三大喜劇王」と称された。ボードヴィルの舞台芸人だった両親のもとに生まれ、4歳で初舞台を踏んだ後、家族での舞台・映画出演活動を続ける。1917年にニューヨークへ渡り、当時、喜劇監督マック・セネットの映画で時の人だった喜劇俳優ロスコー・アーバックルの誘いを受けて映画界入りを果たす。1920年に初監督作品を製作したのち、20年代を中心に数々の短編映画や傑作『キートン将軍(キートンの大列車追跡)』 (1927) を含む10本の長編シリーズで大変な人気を得る。体を張ったアクションを駆使しながらも無表情で笑わないコメディアンとして「The Great Stone Face(偉大なる石の顔)」とあだ名された。サイレント映画の衰退とともに人気は衰え、30年代半ば以降はアルコール依存症、破産などにより一線から退くが、40年代に脇役として復活。徐々に監督、原案者としての仕事をこなすようになり、50年代にはTV出演やヨーロッパでの舞台のほか、ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』(1959)やチャップリンの『ライムライト』(1952年)への出演を果たすなど再評価を受けることとなった。

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